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    2009-03-31

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    十二因縁 (じゅうにいんねん、dvaadaZaaGga-pratiityasamutpaada)は、仏教用語の一つ。苦しみの原因は無明より始まり、老死で終わるされる、それぞれが順序として相互に関連する12の因果の理法をいう。

    十二支は次のとおり。

    1. 無明(むみょう、avidyaa) - 過去世の無始の煩悩。煩悩の根本が無明なので代表名とした。
    2. 行(ぎょう、saMskaara) - 過去世の煩悩によって作った善悪の行業
    3. 識(しき、vijJaana) - 母胎中に受胎した刹那の五藴(色受想行識で身体と精神との結合体としての個体)
    4. 名色(みょうしき、nama-ruupa) - 胎中にあって身心の発育する位。
    5. 六処(ろくしょ、SaD-aayatana) - 胎中にあって眼耳鼻舌身意の六つの感官が備わり、母体を出ようとする位。
    6. 触(そく、sparSa) - 生誕後しばらくの間のこと。事物に関して苦楽を識別することなく、ただ事物に触れて感知しようとする位。
    7. 受(じゅ、vedanaa) - 苦楽捨といわれて苦をいとい楽をよろこぶような心の生起する位で性を求めるまでの位をいう。
    8. 愛(あい、TRSnaa) - 性欲を起こし、異性を求める位をいう。
    9. 取(しゅ、upaadaana) - 自分の求めるもののために馳求する位。
    10. 有(う、bhava) - 未来の生活や環境を結果する行為によって業因を積集する位で人間一般の生存をいう。
    11. 生(しょう、jaati) - 前の業因によって結果した未来の生存をいう。
    12. 老死(ろうし、jaraa-maraNa) - 生の刹那(=識)から受の位までを老死という。生老死は前の識名色六処触受の五位をさすことになる。

    この解釈は、説一切有部の解釈で、1.2.が過去の因、3.-10.が現在の果であり将来の因となり、11.12.が将来の果であると解釈する。過去現在未来が二重の因果関係になっているので、「三世両重の因果」と呼んでいる。

    一方、唯識説では二世一重の十二因縁を説く。それは感や業そのものは刹那生滅であるから、それが直ちに苦果を生ずる因とはなりえないとするために、前の説と異なるので、ここでは感や業の活動があれば、それが後の果を生起する潜勢力(種子)として薫ぜられ、その種子が苦果として現行(げんぎょう)するので過去と現在、現在と未来というように「二世一重の因果」を説く。

    「老死がなぜあるか、それは生まれてきたから」では無常苦の解決にはならない。生も苦、老死も苦、人生そのものが苦と、ここに語られる。生老死がなぜ苦なのか、毎日の生活が生老死に苦を感ぜずにはおれないような生活だからである。その生活こそ生老死を苦とする根本であり、それを有という。生活の行為が生老死を苦と感じさせるのはなぜかというと、常に執着をもった生活をしているからである。とくに、自分自身と自分の所有へのとらわれが、その理由であり、取による有といわれる。その取こそ愛によるのである。

    経典は、この愛について三を説いている。

    • 有愛(bhava-taNhaa) - 生きたいと生存に願いをかける心。
    • 非有愛(vibhava-taNhaa) - 有愛がはばまれる時、生を呪うこと。
    • 欲愛(kaama-taNhaa) - 有愛・非有愛が外部にむかっておこること。自分の生を願い、また呪い、他人の生を願い、また呪うことである。

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